<この歳で見捨てないで・・・>
「2人に報告したい事がある」という連絡が真由美から順子と里奈に入ったのは、順子の婚活について盛り上がった会合から半年ほど経った頃だった。
順子の恋は相変わらず順調で、交際を始めて半年足らずだというのに、結婚に向けて具体的な話が動いていた。いつ入籍するか、家はどうするか、式はいつ、どのようなものにするのか、といった話題で彼と相談する事が多くなり、いよいよ結婚というものが現実味を帯びてきていた。
「で、どうしたの?」
里奈がそう尋ねると、真由美は神妙な面持ちでひと言だけ告げた。
「別れた」
「「えっ!?」」
里奈と順子の声が重なり、居酒屋に小さく響いた。
「なんだってまた・・・」
「結婚まで時間の問題だって思ってたんだけど・・・」
おろおろする2人に、真由美はやや自嘲気味に話し始めた。
「いやいや、彼には結婚する気は無かったんだと思うんだよね。私が結婚をほのめかすような事を言うといっつも話題逸らしてさ。いい加減、そういうのが重くなってきたのかな~って思ったら泣けてきちゃって・・・」
「そもそも、なんで別れるって話になったの?」
順子が心配そうに尋ねた。
「それがさ、よく分かんないんだよね。他に好きな人ができた、とかでもなく、私が何かやらかしたわけでもなく、私に不満があったり、何かのっぴきならない事情があったりってわけでもない・・・理由を聞いても返事が無いし、『別れてほしい』ってひと言だけで音信不通なんだもん」
真由美は怒っているのか打ちのめされているのかよく分からない表情でそう答えた。
憔悴しているという風ではなかったものの、戸惑いが隠しきれていないようだった。
「なにそれー!」
里奈は真由美の話を聞いて大いに憤慨した。
「理由が分からないってのがおかしいよね・・・」
順子も眉をひそめて、何か考え込むような表情になった。
「もうすぐ30になっちゃうってのに、この歳でゼロから出会いを探すなんて、仮に新しい人が見つかったとしても、付き合ってすぐに結婚ってわけにはいかないだろうし・・・私、子どもは欲しいから、もうぐずぐずしていられないのに・・・」
真由美は自分の将来の事を危惧しているようだった。
彼との別れは素直に受け入れてしまったかのようだった。もともとハッキリとした性格で、中途半端な事が嫌いな真由美の事だから、彼が真由美と別れたがった理由を突き止めようとか、彼にまだ真由美に気があるのか確かめようとか、そういう思考には至らないようだった。
「でもさ、真由美、別れたい理由が分からないってモヤモヤしないの?」
順子はなおも心配そうに真由美に聞いた。
「そうだよ。もしかしたら、何か彼なりに致し方ない事情があって、それに真由美を巻き込みたくないとかさ、そういう理由で突然別れを切り出したかもしれないじゃん」
里奈も加勢した。
「仮にそうだったとしても、現に彼とはもう連絡がつかないわけだし、彼の事はもう諦めようかなって思ってるんだ。好きだけど、仕方ないじゃん」
真由美の最後のひと言は震え声だった。
涙がパタッと落ちて、順子と里奈は真由美の肩を抱いたり手を握ったりする事しかできず、歯痒い思いだった。
なんとも言えない空気を一変させようとしたのか、里奈が順子に
「そういえば、順子は?あれからどうなったの?」
と聞いて話題を変えた。
順子は内心「このタイミングでそれは聞かないでほしかった・・・」と思ったものの、返事をしないわけにもいかず、里奈の紹介してくれた占いのおかげで、結局8歳年上の教員と交際を始めて、彼の実家挨拶も済ませて、結婚に向けて動き出しているという事を、なるべく真由美を傷つけないように言葉を選んで慎重に伝えた。
「そっかそっか。それは何よりだね」
里奈も、今のこの場の空気を読んで、控えめに喜びを伝えた。
すると、突然真由美が顔を上げて
「ね!里奈!私にもその電話占い、教えて!!」
と言い出した。
「順子が幸せを掴んだように、私にも何か良い道を示してくれるかもしれない!もう私、今は何かスピリチュアルなものを信じるくらいしかできないよ」
真由美の剣幕に気圧されながらも、里奈は真由美に電話占いのサイトを紹介した。
順子も、真由美を鼓舞するように、いかに電話占いの恩恵を受けたかという事を話し、その後彼の実家挨拶のタイミングでも占いの力を借りて、上手くいったという話も聞かせた。
真由美はそれで少し気分が前向きになったようで
「帰ったら早速電話してみる!!」
と意気込んだ。
気持ちが切り替わったらしい真由美は、それからいつもよりも早いペースでビールを飲み、豪快につまみを食べた。突然ふられたショックでろくに食事が喉を通らなかったようで、急に空腹感に襲われたのだと真由美本人は言っていた。
順子と里奈は心配しながらも、とにかく一度占ってもらうと良いだろうと真由美を元気づけ、この日は解散となった。